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「住む世界が違う」と思っていた夫の親戚。参列した静か過ぎるお葬式で思ったこと

リビングの机の上に置かれた供花 お金・老後不安
「住む世界が違う」と思っていた夫の親戚。参列した静かすぎるお葬式で考えたこと

はじめに:華やかな世界を生きた親戚の、静かなお葬式

先日、夫方の遠い親戚にあたる方の訃報が届きました。

その方は夫の親戚の中で一番出世された方で、誰もが知る有名企業のトップの方まで上り詰めた大成功者。親戚の集まりでもどこか雰囲気が違っていて、「私とは住む世界が違う人だなあ」と思うほど華やかで洗練された存在でした。しかし、決して偉ぶることはなく、遠い親戚の私に対してもいつも気さくで優しく接してくださった、心から尊敬する優しい方でした。

訃報を聞いた瞬間、生前の華々しいお姿が目に浮かび、「きっとたくさんの供花や参列者に囲まれた、さぞかし立派で豪華なお葬式なのだろう」と当然のように想像しながら式場へ向きました。

しかし、そこで私が目にしたのは、想像とはあまりにもかけ離れた静かすぎる光景だったのです。

nanami
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【この記事の主な内容】
・「華やかな思い出」と「静かな家族葬」のギャップから感じたリアルな思い

・金沢旅行での遺影撮影失敗談と、加齢の現実との向き合い方
・家族の最後を見つめ直したことで変わった、終活や夫婦関係への意識

華やかな東京の世界と本物の教養を見せてくれた人

思い返せば、私がこの家に嫁いでからの何年もの間、その方は私と夫に東京の華やかな世界をたくさん見せてくださいました。

自分達では絶対に行けないような高級ホテルのレストランでの食事や、敷居の高い歌舞伎、演劇の観劇——。夫と一緒に何度も連れて行っていただいた場所は、私にとって眩しすぎるほどの世界でした。

ただ豪華な場所に連れて行くだけではありません。「この料理は日本の歴史に残る名物だから、味わって食べておいた方がいいよ」「この演目はここが見どころだから、よく観ておくといいよ」と、文化や知っておくべき知識といった「生きた教養」を、いつも優しく噛み砕いて教えてくださる方でした。

見聞を広げる機会と惜しみない優しさを与えてくださったあの佇まいは、今でも私の憧れであり、忘れられない大切な思い出となっています。

その時いただいた貴重な経験のおかげで、当時の私達にとっては遠い世界だった歌舞伎も、今では気負わず気軽に観に行けるようになりました。

東京のビルの一室で執り行われた家族葬の現実

だからこそ、指定された会場に到着したときは一瞬言葉を失いました。そこは立派な総合斎場や寺社ではなく、東京の年季の入った小さなビルの一室。供花も、ご家族からと葬儀主催者からの2つだけという、ひっそりとしたささやかなお葬式だったのです。

「あれほど大成功された方の最期が、なぜこんなに静かなのだろう」と戸惑いましたが、実はこのお葬式は、故人様ご本人が望んだ形ではなかったのだと後から知りました。

突然亡くなられたということもあり、お子さんたちも仕事の都合がつかず、当初は「お葬式はあげず、火葬場で簡単に済ませよう」という話になっていたのだそうです。それを見かねた私の夫が「それじゃあいくらなんでも……」と強く意見したことで、なんとか家族葬だけは執り行われることになったのだと、後から知りました。

いざ式が始まっても、参列するはずだったご家族の中には参列されない方もいらっしゃいました。

外から見れば誰もが羨むような素晴らしい人生を送られてきた方。けれど、どんなに成功した人であっても、家族にはそれぞれの複雑な事情や背景があるのだと知りました。

人の生き方や家族のあり方は外側から見える姿がすべてではなく、最後のお見送りの形も本当にそれぞれなのだと考えさせられた出来事でした。

帰りの車中、「お花をお送りすればよかったね」と二人で話しながら帰路につきました。

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「もしもの時」をどう迎える?金沢旅行での遺影撮影失敗談

今回の静かなお葬式に参列したことで、私は他人事ではなく「自分自身の最期や、もしもの時の備え」について真剣に考えるようになりました。

実は先日、夫婦で金沢旅行に出かけました。50代半ばを過ぎた私たちには、ひそかな目的がありました。それは、「元気に動き回れるうちに、いつか自分たちの遺影にも使えるような、素敵な写真を撮っておこう」というもの。風情ある金沢の街並みを背景に、私たちはお互いに笑顔で写真を撮り合いました。

しかし、帰宅してからパソコンで写真を確認してみると、思わぬ大失敗に気づきました。夫はとても自然で素敵に撮れていたのですが、私の写真には、更年期特有の肌のハリ不足のせいで「マリオネットライン」がうっすらと写り込んでしまっていたのです。

「こんな写真、遺影には絶対に選べない……!」とショックを受けつつも、これが今の自分のリアルな姿なのだと、容赦ない現実を突きつけられたような気持ちになりました。

ここからさらに年齢を重ねていくことを考えると、今後納得のいく遺影写真が一枚でも撮れる気がしない、と途方に暮れてしまったのでした……

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夫の遺言に対する考え方の微調整。盛大に見送ることも優しさ

また、今回の出来事は、夫に対する私の気持ちにも変化をもたらしました。

以前の私は、夫が自分の終活や遺言、葬儀の希望について「こうしてほしい」と語るのを聞くたびに、「そんなに細かく指定されても準備が大変だし面倒だな……」と少し冷めた気持ちで聞いてしまっていたのです。

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しかし、今回の親戚のお葬式を通して、その考えは大きく変わりました。

親戚のご家族も「はじめは火葬だけで…と考えていたけれど、夫の言う通りきちんとお葬式をして本当に良かった」と喜んでおられました。

その姿を見て、もしも本人が「最後は盛大に、たくさんの人に集まってもらってお葬式をやりたい」と望むのであれば、その思いを尊重してあちらへ送ってあげたい。本人が納得し、見送る家族も「しっかり送ってあげられた」と後悔しない形を作ることは、残された家族の心を癒やすためにも大切な時間なのだと気づいたのです。

更年期世代は自分の体調管理や仕事のことだけで手一杯になりがちですが、大切な人の思いに耳を傾け、お互いの価値観を尊重し合うことは、夫婦の人間関係を軽やかで温かいものにするための大切な「微調整」なのだと感じています。

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おわりに:完璧さに縛られず、自分たちらしい最期とこれからを整える

今回の東京での家族葬は、私に「人の最後や見送り方」について、改めて静かに思いを巡らせる貴重な時間となりました。数々の華やかな世界を見せてくださり、大切な教えを遺してくださった親戚の方への深い感謝とともに、あちらの世界ではどうか穏やかにお過ごしになられますよう、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

一見すると完璧に見える人生であっても、人や家族にはそれぞれ外からは見えない複雑な事情や背景があるものです。外側に見える形にとらわれすぎず、お互いの事情や想いに寄り添っていくことの大切さを学びました。

更年期で心身が揺らぎやすい50代だからこそ、肩の力を抜きながら、暮らしや人間関係を少しずつ「微調整」していきましょう。この記事が、同じように悩む同年代の皆さまの心を少しでも軽くするきっかけになれば幸いです。

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