はじめに:50代になって「オバさんになるのが怖い」と感じる女性へ
皆さんは若い頃、森高千里さんの名曲『私がオバさんになっても』を聴いて、「あぁ、私もいつかこうなるのかなぁ」なんて、ちょっぴり切ない気持ちになった思い出はありませんか?
「私がオバさんになっても 泳ぎに連れてくの?」
「ミニスカートはとても無理よ 若い子には負けるわ」
(森高千里『私がオバさんになっても』より引用)
高校生だった頃、学年で一番美人だった女の子がいました。まるで 宮沢りえ さんみたいな雰囲気のある子で、男子にも女子にも一目置かれる存在。文化祭のステージで、その子が森高千里さんの真似をしながら『私がオバさんになっても』を歌っていた姿を、今でも妙に覚えています。
あの頃の私たちは、「オバさんになる未来」なんて、まだ完全に“別世界”の話でした。
……しかし、時は流れ。
はい、気づけば私たちも、その「オバさん」の年齢を見事に通過中です(笑)。
そして今、ふと思うのです。
あの時ステージで歌っていた彼女、今ごろどうしているんだろうなぁ、と。
きっと私たちと同じように、白髪を気にしたり、更年期に振り回されたり、「今日は無理せず早く寝ようかな」なんて思いながら毎日を過ごしているのかもしれません。
でも実際に50代になってみると、若い頃に想像していた“老い”とは、少し違っていました。
もちろん、体力は落ちます。疲れやすくなるし、鏡を見るたび「あれ?」と思うことも増えます。
でもその一方で、「人からどう見られるか」を必要以上に気にしなくなったり、無理な人付き合いを減らせたり、“ラクに生きるコツ”も少しずつ身についてきました。
あの頃は切なく聞こえた歌詞も、50代になった今では「あぁ、こういうことだったのか」と、どこか笑いながら聴けるようになった気がします。
今回は、そんな『私がオバさんになっても』の歌詞を振り返りながら、50代女性のリアルな「老い」と「暮らしの変化」、そして人生の後半戦を少し心地よく生きるためのヒントを、一緒にゆる~く考えていきたいと思います。
若い頃のように無理して頑張るのではなく、その時々の自分に合わせて、暮らしも人間関係も少しずつ“微調整”しながら生きていく――そんな50代も、案外悪くないのかもしれませんよ。

【この記事の主な内容】
・名曲『私がオバさんになっても』が、50代の今こそ心に響く理由
・「オバさん」になるのが怖かった若い頃と、50代を迎えた今のリアルな心境
・「若さ」にこだわらず、人生後半戦を自分らしく笑顔で楽しむヒント
50代女性のファッションと若作りの答え合わせ:「ミニスカートはとても無理よ」から見える本音
森高さんは「ミニスカートは無理」と歌いましたが、50代になった今の私たちのリアルな服の悩みは、ミニスカートどころの騒ぎではありませんよね。
頑張っておしゃれに見せる服からの卒業
若い頃は「人からどう見られるか」を気にして、少し無理な体型カバーをしたり、流行を追ったりしていました。でも、50代の今は、夕方にドッと疲れるような締め付けのある服や、重いコート、足の痛くなるヒールは自然とクローゼットから消えていきます。
そして今、服選びで何より重要なのは、「ホットフラッシュの汗をちゃんと吸ってくれるか」。デザインよりも、綿100%で肌にやさしく、ムレにくいことが最優先です。更年期世代にとっては、おしゃれかどうか以前に、“快適に一日を過ごせるか”が死活問題なんですよね。
若い頃は多少我慢してでも着たい服を優先していましたが、今は「ラクで疲れない」が一番。年齢を重ねたことで、“自分の体をちゃんと労わる服選び”へと自然に変わってきました。
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最大の敵はミニスカートではなく「ウエストのゴム」問題
今の私たちにとって、服選びで気になるのは「スカート丈が短いかどうか」ではなく、「ウエストがゴムか」「チクチクしないか」という、なんとも現実的な問題です。
体型が変わったり、更年期のホットフラッシュで急に汗をかいたりする年代だからこそ、硬いデニムや締め付けの強い服は、それだけでどっと疲れてしまいます。
そして気づけば、「ミニスカートが似合う・似合わない」以前に、そもそも選択肢にすら入っていないのが今のリアル。
ある調査では、更年期を迎えて10キロ以上体重が増えた女性が7人に1人いるといわれています。さらに、増えたまま定着している人の割合は4割を超えているそうです。
実は私自身も例外ではなく、結婚した頃と比べると12~13キロほど体重が増えました。このまま定着してしまわないように、必殺技を探さなければなりません。
体型の変化とともに、服に求めるものも少しずつ変わってきました。
無理して脚を出したいわけでもなく、「今日は一日ラクに過ごせるかな」が服選びの基準になりました。年齢を重ねたことで、おしゃれの目的そのものが、“人にどう見られるか”から“自分が快適でいられるか”へ、自然に変わってきたようです。
参考リンク
・マイナビニュース | 「更年期太り」女性の7人に1人が10キロ以上増加 – 増えた体重が戻った人の割合は?
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「ミニスカートはとても無理よ」の、本当の意味が分かってきた
若い頃にこの歌を聴いていた頃は、「年を取ったらミニスカートが似合わなくなるってことかな?」くらいに思っていました。
でも50代になった今、その“無理”の意味がちょっと違って聞こえてきます。
丈の短さが問題なのではなく、「寒い」「冷える」「落ち着かない」「座るたびに裾を直すのが面倒」――そう、体力も気力も、“ラクなほう”を自然に選ぶようになったのです。
若い頃は「おしゃれのためなら多少の我慢は当然」と思っていましたが、今は「一日快適に過ごせるか」が何より大事。
ミニスカートを履かなくなったのは、老けたからではなく、“無理して頑張る必要がなくなった”からなのかもしれません。
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50代女性が感じる「若い女性への劣等感」の答え合わせ:夫婦関係は安心感へ変わる
歌詞の中で最も切ない、恋人への「若い子にいっちゃうんでしょ?」という可愛い嫉妬。 50代になった今、夫や周囲の人間関係に対してどう思っているかというと、良い意味でかなりドライに、そしてラクに変化しています。
嫉妬するエネルギーより、お互いの健康のほうが大事
若い頃に恐れていた「女としての賞味期限」みたいな不安は、50代になると驚くほどどうでもよくなりました(笑)。それよりも、夫に対しては「健診の数値(血圧・血糖値)は大丈夫か」「お互いにガタがくる心と体をどう労わり合えるか」「恋愛感情より、“生存確認”のほうが重要」という、もはや「人生の同志」のような関係に変化していくのです。
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「私がおばさんになったら あなたはおじさんよ。」お互いさまの安心感。
50代になると、自分の老いだけが進んでいるような気がして、ふと鏡を見るたび落ち込む瞬間があります。でも実際は、時間は自分だけに流れているわけではないんですよね。
もし自分の見た目の変化に自信をなくしそうになったら、「相手も同じスピードで、ちゃんとおじさんになっている」と思い出してください。
しわも、白髪も、たるみも、お互いまるで鏡を見ているように同じように増えていくもの。若い頃のように完璧を求め合う関係ではなく、「まぁ、みんな年を取るよね」と笑い合える関係のほうが、ずっと気楽で心地いいのです。
まさに歌詞の通りで、「わたしがオバさんになったら、あなたはオジさんよ。かっこいいことばかり言っても、お腹が出てくるのよ」という世界観には、今になって妙に共感してしまいます(笑)。
もちろん、江口洋介 さんのように、年齢を重ねても変わらず素敵な人を見ると、「やっぱり芸能人は違う……」と思ってしまうこともあります。でも、あれは日頃から見られる仕事で、体型維持や身だしなみにもプロの力が入っている世界。一般人が同じレベルを目指そうとすると、正直ちょっと疲れてしまいますよね。
だからこそ50代の夫婦やパートナーには、「若さを保ち続けること」より、「お互いそれなりに年を取ったね」と笑い合える安心感のほうが大切なのかもしれません。
お互い様だからこそ、余計な見栄を張らずにすむ。それが、長年連れ添った関係のラクさでもありますね。
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夫婦は「恋愛」から「戦友」へ変わっていく
50代になると、若い頃のような「誰かに取られるかも」という不安よりも、「お互い元気に今日を過ごせているか」のほうが、ずっと大事になってきます。
朝起きれば「腰が痛い」、健康診断の結果に一喜一憂し、薬や睡眠の話をする――そんな毎日は、若い頃には想像もしなかった未来かもしれません。でも不思議と、それが嫌ではないんですよね。
とはいえ、中には今でも旦那さんの女性関係を気にしている人もいます。
以前、会社に若くて綺麗な女性が入社してきた時、「うちの旦那がその子と二人で仕事してるみたいで心配なの」と、本気で悩んでいた女性がいました。
しかも、その女性は旦那さんの出張先まで様子を見に行っていたほど。
周囲が「いやいや、もう立派なおじさんなんだから大丈夫だよ(笑)」
となだめても、「でも心配なの!」と聞く耳を持ちませんでした。
その時は驚きましたが、今思えば、“嫉妬”というより、「まだ相手を失いたくない」という気持ちだったのかもしれません。
まあ、結局は取り越し苦労だったんですけどね(笑)
50代になると、夫婦は恋愛というより、“人生を一緒に乗り切る相棒”のような関係に変わっていきます。
ドキドキする恋愛感情とは少し違うけれど、「この人も自分と同じように老いていくんだな」と感じられる安心感は、長く一緒に生きてきた夫婦だからこそ得られるもの。
50代の夫婦関係は、“ときめき”より“居心地のよさ”が主役になっていくのかもしれません。
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50代女性の「昔のようには動けない」の答え合わせ:お出かけも暮らしも無理をしない
歌詞には「ディスコ」や「サイパン(海)」というアクティブなワードが出てきます。若い頃は夜通し遊んだり、遠出をしたりするのが楽しかったですよね。 じゃあ、今の私たちはどこへ連れて行ってほしい(行きたい)かというと……。
にぎやかな刺激より、「静かで疲れない時間」がご褒美に
今の私たちは、夜遅くまで遊ぶより、できれば早めにお風呂を済ませて、パジャマでのんびり過ごしたいお年頃。若い頃のような刺激的なお出かけよりも、自然の中の温泉旅館や、静かに過ごせるカフェのほうが心から落ち着きます。
予定をぎっしり詰め込むより、家でお気に入りのインテリアに囲まれながら、何もしない時間をゆっくり味わう――そんな穏やかな時間こそが、今の私たちにとって最高の贅沢になりました。
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海辺の主役は水着より、「完全防備の紫外線対策」
もし今、海へ行くなら、気になるのは“映える水着”よりも「いかに日焼けしないか」。ラッシュガードに帽子、サングラス――できるだけ肌を守りながら、冷えないように万全の装備で挑むのが50代の海スタイルです。とはいえ、最近は海そのものに行く機会もめっきり減り、「最後に砂浜を歩いたの、いつだっけ?」と思うくらいになりました。
若い頃のように「どう見えるか」を意識するより、「あとで疲れないか」「肌がヒリヒリしないか」「シミが増えないか」のほうがずっと大事。海辺を歩く姿も、もはやドラマのヒロインというより、“紫外線と冷えから身を守るプロ仕様”ですが、それもまた今の自分を大切にしている証拠なのかもしれません。
そして、もしこれから海へ行く理由があるとしたら、「映える写真を撮るため」ではなく、“健康のため”になりそうです。
実際、私の父(70代後半)は早朝の海辺をよく歩いています。砂浜は足元が不安定なので自然と足腰を使うらしく、「普通に歩くより運動になるんだ」と言っていました。確かに、50代以降になると「海=遊ぶ場所」というより、「体を動かして健康を保つ場所」という感覚のほうが近いのかもしれません。
若い頃は海に行くだけでワクワクしていましたが、今は「無理なく歩けること」や「元気に動けること」のありがたさが、少しずつ分かるようになってきました。
参考リンク
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遠出より、近場で楽しめる”省エネなお出かけ”がちょうどいい
若い頃は、多少無理をしてでも遠くへ出かけたり、予定をぎっしり詰め込んだ旅行を楽しめていました。でも50代になると、「翌日に疲れを持ち越さないか」が、お出かけの満足度を左右する大事なポイントになってきます。
今うれしいのは、早朝から並ぶテーマパークより、近場で美味しいランチを食べたり、道の駅をのんびり眺めたり、景色のいい場所でゆっくりお茶を飲むような“小さなお出かけ”。
若い頃のように、「せっかく来たんだから全部回らなきゃ!」と頑張るより、「そろそろ帰ろうか」と余力を残して帰れるほうが、ずっと心地よく感じるようになりました。
頑張って予定を詰め込むより、“今日はちょっと楽しかったね”くらいで終われるほうが、次の日まで機嫌よく過ごせる。そんな“省エネなお出かけ”が、今の私たちにはちょうどいいのです。
我が家の場合、最近いちばん楽しみなのは、近所の市場へランチを食べに行くこと。新鮮なお魚がたっぷり乗った海鮮丼を1,500円くらいで食べられるので、「これでもう十分幸せだよね」と夫婦で大満足しています。
若い頃なら、「せっかくなら北海道まで行きたい!」と思っていたかもしれません。でも今は、近場で美味しいものを食べて、無理せず帰ってこられるくらいがちょうどいい。
「今日はいいもの食べたね」
「楽しかったね」
そんなふうに一日を終えられる、小さな贅沢のありがたさが、50代になってようやく分かってきました。
以前は、“特別な体験”こそ幸せだと思っていました。でも今は、元気に出かけて、美しい自然の景色を眺めて、ちゃんと帰ってこられて、美味しいものを食べながら笑えること――そんな普通の時間こそ、実はいちばん贅沢なのかもしれません。

まるで、吉野弘 さんの『祝婚歌』にある、
「健康で 風に吹かれながら 生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる そんな日があってもいい」
という言葉のように。
若い頃にはピンと来なかったこの感覚も、50代になった今なら、なんだかとてもよく分かる気がします。
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「オバさんになった自分」の答え合わせ:50代をラクに楽しむ3つの考え方
若い頃、森高千里さんの『私がオバさんになっても』を聴きながら、「年を取るって、なんだか切ないものなのかな」と思っていました。
でも実際に50代になってみると、もちろん戸惑うことは増えたけれど、それ以上に“肩の力を抜いて生きられるラクさ”も手に入った気がします。
ここでは、そんな50代の私たちが、「まぁいっか」と軽やかに年齢を受け入れるための3つのステップを紹介します。
ステップ① 「若く見えること」をゴールにしない
50代になると、白髪、たるみ、疲れやすさ……見た目も体力も、いろいろ変わってきます。
でも、そのたびに「昔に戻らなきゃ」と焦えるほど、心は疲れてしまうもの。
大切なのは、“若く見えること”より、“今の自分が心地よくいられること”。
『私がオバさんになっても』の歌詞みたいに、「年齢を重ねた自分」を必要以上に悲しまなくても大丈夫。
ちゃんと笑えて、ご飯が美味しくて、機嫌よく眠れるなら、それだけで十分幸せです。
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ステップ⓶「無理しない工夫」を増やしていく
若い頃は多少無理をしても勢いで乗り切れましたが、50代は“回復力”が変わってきます。
だから今は、「疲れない」がとても大事。
歩きやすい靴を選ぶ。しんどい日は出来合いのお惣菜を使う。掃除は便利家電に頼る。予定を詰め込みすぎない。
以前なら「ちゃんとしなきゃ」と思っていたことも、今は「ラクに続けられるほうが正解」と思えるようになりました。
頑張りすぎないことで、気持ちにも余白が生まれていくのです。
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ステップ③「オバさんになった」ではなく、「自由になった」と考える
ミニスカートを履かなくなった。夜更かしがつらくなった。長時間歩くと疲れる。
そんな変化だけを見ると、少し寂しく感じる日もあります。
でもその代わりに、「人にどう見られるか」を気にしすぎなくなったし、「無理な付き合い」からも少し自由になれました。
若い頃より体力は減ったけれど、心はずっとラクになった気がします。
『私がオバさんになっても』を聴いていた頃には想像していなかったけれど、“オバさんになる”って、案外悪くないものかもしれません。
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おわりに:「若い子には負けるわ」の答え合わせ。――「女盛りは50」から始まる、私だけの魅力
この記事を書きながら、私の頭の片隅には、ずっと高校の同級生の姿がありました。
「はじめに」でも少しお話しした、文化祭のステージで、まるで宮沢りえさんのような輝きを放ちながら『私がおばさんになっても』を可愛らしく歌っていた、学年で一番美人だった彼女のことです。
あの頃、まぶしいスポットライトを浴びていた彼女も、そして客席から憧れの眼差しで見つめていた私も、あれから数十年が経ち、今ではすっかり立派な「おばさん」の年齢になりました。
風の噂も聞かない今、彼女がどこでどんな風に50代を過ごしているのかは分かりません。でも、きっと私たちと同じように、白髪を見つけてため息をついたり、「最近なんだか疲れやすくて」と、ウエストがゴムのラクな服を選んだりしているのではないかな、と想像します。
若い頃は「おばさんになること=何かを失っていくこと」のように思えて、どこか怖さや切なさがありました。けれど、実際にその年齢を迎えてみれば、どうでしょう。
ミニスカートは履かなくなったけれど、その分、冷えを気にせず心地よく過ごせるお気に入りのロングスカートを見つけました。
若い子への劣等感にエネルギーを使う代わりに、パートナーと「お互いガタがついてきたね」と笑い合える、穏やかで安心できる関係を手に入れました。
もし、高校の同級生だった彼女に今、どこかで偶然再会できたなら、きっとお互いの目元のシワを見つけ合って、こう言い合える気がします。
「お互い本当におばさんになっちゃったね! でも、今もあの頃と同じくけっこう楽しいよね」と。
「若い子には負けるわ」の答え合わせ。その答えは、「負ける・勝つ」という土俵から降りて、自分だけの心地いい暮らしを自由に楽しめるようになった、という解放感でした。
あの頃、彼女が歌っていた歌詞の中では「女盛りは19(じゅうきゅう)」とうたっていたけれど、今なら「いいえ、本当の女盛りは50よ」と胸を張って言える気がします。 50代の私たちには、若い頃のような分かりやすい華やかさはなくても、引き算を知ったからこその「成熟した大人の魅力」がちゃんと備わっています。
これからも周りの目や年齢に縛られすぎず、暮らしも心も少しずつ“微調整”しながら、自分らしくラクに、この先のセカンドライフを楽しんでいきませんか?

